はじめに
脱炭素社会の実現には、企業のサプライチェーン全体にわたる温室効果ガス排出量(特にScope3)の正確な把握と可視化が不可欠です。とりわけ、Scope3は自社の直接的な活動ではなく、調達や物流、使用、廃棄など外部に関わる排出量であり、その測定には高度な連携と標準化が求められます。本記事では、グローバル基準のPACT・Pathfinder Framework、それを基に日本でのGreen x Digitalコンソーシアムという主要な枠組みを通じて、Scope3可視化の最前線を読み解きます。

PACTとは

- PACT(Partnership for Carbon Transparency) は、国際ビジネス協議会である**WBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)**が主導するグローバルイニシアティブです。2022年に正式に発足し、すでに200を超える企業が参加しています。
- PACTの最大の目的は、企業間のサプライチェーンをまたぐ炭素排出量(特にScope3)の透明性を高めることにあります。企業が製品ごとに算出した炭素フットプリント(Product Carbon Footprint:PCF)を、標準化された方法で共有し合うことを推進します。
- Scope3における信頼性の高い排出量の見える化は、従来の平均データや推計値だけでは難しく、PACTでは一次データの活用と技術的相互運用性を重視しています。WBCSDが中心となって定めた共有仕様・メタデータ形式により、異なる業界間での比較や連携が可能になります。
Pathfinder Frameworkの役割

- Pathfinder Framework は、PACTを技術的に支える排出量算定・共有の標準仕様で、企業が製品単位で炭素フットプリントを測定し、Scope3排出量を含む算定結果をサプライチェーン全体で共有できるよう設計されています。
- 特に「クレードル・トゥ・ゲート(原材料採取から工場出荷まで)」や「ゲート・トゥ・ゲート(自社の工場内)」などの柔軟な範囲設定が可能であり、製品ごとに詳細かつ一次データに基づく算定を促進します。
- これにより、企業は自社の排出量だけでなく、上流・下流の排出に対する可視性を得て、バリューチェーン全体での脱炭素戦略に取り組むことが可能になります。
Scope3排出量可視化への挑戦

- Scope3とは、企業の活動に関わる間接的な温室効果ガス排出を指します。具体的には、購入した製品やサービスの製造過程(カテゴリ1:購入品)、物流(カテゴリ4:輸送)、製品使用(カテゴリ11:製品の使用)、廃棄(カテゴリ12:製品の廃棄)などが含まれます。
- Scope3の正確な可視化は極めて困難ですが、PACTやGreen x Digitalのような枠組みでは、活動量×排出係数という基本式に基づき、より高精度な一次データの取得と共有を促しています。
- 企業が互いにPCFを開示・交換できる仕組みが整えば、Scope3排出量の「見える化」と削減施策の実効性は大きく高まります。
PACTとScope3 Peer Groupの協働

- 2025年3月、PACTは**Scope3 Peer Group(S3PG)**とMOU(基本合意書)を締結しました。これにより、サプライチェーン排出量の透明性を高めるための教育プログラムやツールの共同開発が進められています。
- 特に中小企業や開発途上国企業の参画を促すような簡易型のPCF測定ツールの展開も視野に入っており、Scope3の底上げが期待されます。
Green x Digitalコンソーシアムとは

- Green x Digitalコンソーシアムは、日本電子情報技術産業協会(JEITA)が事務局を務める産官学連携組織で、脱炭素社会に向けたデジタル技術の活用を目的としています。
- このコンソーシアムでは、CO2排出量を可視化するための枠組み「CO2 Visualization Framework(Edition1/2)」を策定し、日本企業にとって実践可能なPCF共有モデルを構築しています。
- Pathfinder Frameworkとの互換性を意識した仕様を整備することで、日本企業がグローバル基準に準拠した形でScope3対応を進められるよう支援しています。
Green x Digitalコンソーシアムの今後の展望

- 日本国内では、POC(概念実証)や実証実験が進んでおり、自動車、電子部品、食品など複数業種での連携によって、複数Tierを跨ぐScope3可視化が試みられています。
- 欧州のデータスペース構想やPACTのデータ連携仕様とも整合性を図りながら、サプライチェーン全体を通じたリアルタイム排出量トラッキングの実現を目指します。
主な取り組み項目と構造比較
項目 | PACT/Pathfinder | Green x Digital |
---|---|---|
対象 | グローバル企業のPCF | 日本国内企業・複数産業 |
計算範囲 | Cradle-to-Gate/Gate-to-Gate | 同左(日本向け仕様) |
データ品質 | 一次データ重視、信頼性KPI設定 | PDS(Primary Data Share)評価・公開 |
技術連携 | ISO、GHGプロトコル、WBCSD | WBCSD連携+国内技術仕様実装 |
まとめ
- PACTは、WBCSDが推進するグローバルなScope3炭素透明性のための枠組みであり、企業間のPCF共有を可能にします。
- Pathfinder Frameworkは、その技術的な中核であり、柔軟な算定範囲と一次データに基づく標準化を支えます。
- Green x Digitalコンソーシアムは、日本発の実用モデルと技術仕様を整備し、産業界全体のScope3対応を推進しています。
- Scope3排出の可視化と透明性が進むことで、バリューチェーン全体の脱炭素戦略が現実のものとなりつつあります。